上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
          
          常識は時代とともに変化し
          真理は自然一体で不変である


    羽田沼に行ってきました
    白鳥は沼から1㌔程離れた某家の田の方が羽を休めることが多いとのこと
    そこには白鳥たちが癒せる環境がありました

   1009

   1013



   1014

   1008

   1010

   1012

   1011
スポンサーサイト
2010.01.23 地震
    ハイチの大地震の惨劇は、言葉にならない惨状を伝えています
    自然の中で生きていくことの厳しさを発していますね。
    些少の募金だけでも・・・・と郵便局に出向いたのですが、
    窓口の体制がないことに思い深く帰ってきました。


   854
      《あたりまえ》
                 ~飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へから~


   あたりまえ
   こんなすばらしいことを、みんなはなぜよろこばないんだろう
   あたりまえであること
   お父さんがいる
   お母さんがいる
   手が二本あって、足が二本ある
   行きたいところへ自分で歩いてゆける
   手をのばせばなんでもとれる
   音がきこえて声がでる
   こんなしあわせはあるでしょうか
   しかし、だれもよろこばない
   あたりまえだ、と笑ってすます
   食事がたべられる
   夜になるとちゃんと眠れ、そして又朝がくる
   空気をむねいっぱいにすえる
   笑える、泣ける、叫ぶこともできる
   走りまわれる
   みんなあたりまえのこと
   こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこなない
   そのありがたさを知っているのは、それを失くした人たちだけ
   なぜでしょう
   あたりまえ
 
   ~~~~   ~~~~   ~~~~

   義姉の百日供養に菩提寺に行って来ました
   
   二十数年前に読んだ本の詩が
   副住職にいただいた綴りに書いてありました
   31歳で産まれてくる子の顔を見ることなく癌で逝った若きお父さんの手記   
   普通に生きられることを感謝・・・・の一日でした

   
   1000
   2006年11月4日
   面川~堤沢~御山~大町四つ角

   いよいよ大町四つ角へ・・・・の期待感で
   まだ日の明けきれない暗闇の自宅の玄関をそーっと閉めた記憶が
   今でも甦って来ます。
   やわらかな朝日のちらつくみしらずの柿団地をくぐりぬけ、
   斑日(はだちび)ってこんな日差しを言うのかなあ・・と思いました。
   善龍寺(?)の境内でSさんの愛子さんたちが会津に残る歌を歌ってくれた事が
   これで会津に入った・・・との嬉しさを増やしてくれました。
    芦名家のお墓に手を合わせ、大町四つ角の元標を目指して歩いたあの感動は
   きっといつまでも忘れることがないと思います。
   旅人が長旅の思いを込めて撫でた丸くなった元標の石柱、
   温かく迎えてくれた書家の加藤先生との思わぬ出会い、
   数え切れない道中の思い出がこれからも記憶に留まると思います   

   事故のないよう細心の配慮をして下さった方々がいて
   会津の旅が出来たことを深く感謝いたします


   2009を楽しませてくれた花たち11 7枚
   
   2006年9月17日 
   小塩~香塩~南原~雨屋~石村~面川

   会津の旅が初めての自分はただひたすらに後ろから就いて行きました
   それでもとっても嬉しくて・・・・
   宮内の金峯神社にお参りして、
   Sさんの尊敬してらっしゃる先生からの差入れのリポビタンがとっても美味しかったです
   戊辰戦争で命を落とした若き志士の墓にも手を合わせ
   あとは鶴ケ城まで一本道・・・・と真っ直ぐに走る宮内のY字路から
   遥か会津の街を眺めたときの感動は大きな財産になりました。
   みんなの声があるから就いて来られた、そこに尽きるような気がします。      


   2009を楽しませてくれた花たち10 9枚
   
   会津中街道 2006年6月25日
   田代~ちょっぽり~桑原~舟子~舟子峠~小塩

   会津では峠のことをちょっぽりと呼んでいるとのこと
   そこに住む人々が語り継いでいるいい響きを知りました
   大川ダムの底に沈んだ桑原の村落の道を見たとき・・・・思い深かったです。
   橋で貴重な大地図を広げ、みんなで語り合ったのが懐かしく思います。

   2009を楽しませてくれた花たち9 7枚
   
 
            
            苦しみは幸せの入り口
              そして悲しみは喜びの入り口


   2009を楽しませてくれた花たち8 6枚
   
     2006年5月14日 
     沢入り~水門~塔のへつり~阿久戸~白岩~田代
   
     塔のへつりの水がとっても青かったです。
     川向こうの岩にひっそり祭られた石仏に手を合わせて来た事を
     今でも思い出します
     昼食を摂った土手の隅に、ニリン草が咲いていたことが懐かしいです。
     会津を身近に思い始めた一日でもありました。

     2009を楽しませてくれた花たち7 12枚
     
2010.01.09 練習
     写真の練習にと羽田沼の白鳥を撮りに行って来ました
     露出の調整を間違えて失敗・・・・でした
     今年の飛来数は93羽とのこと。
     数年前までは沼にたくさんの鯉やミヤコタナゴがいて
     餌に事欠かなかったけれど、
     近くのゴルフ場の農薬が雨で流れ込むため
     魚が絶えて年々飛来数が減っているとのこと
     パンを毎日自主的に餌付けしてくれている方が
     残念そうに話してくれました。
     帰り道蝋梅と菜の花を見つけてほんの少し嬉しかったです。
  
     1007
    

     1002

     1003

     1006

     1005


     1004
         
         リセット、リスタート・・・・・
         何度でも繰り返せばいい
         その度に必ず成長して行くはず



         2009を楽しませてくれた花たち 6 12枚
     
       2005年11月13日 観音沼~杉ノ沢~松川~沢入

       観音沼から杉ノ沢は、木漏れ日の降る心地の良い街道でした。
       今も残る茶屋跡の水汲み場を見たとき、
       その昔、行き交う旅人はこの場所で疲れを癒したのだろうか・・・・・と
       馳せた記憶があります。
       みんなの背を後押ししてくれるかのように降る日差しの中で
       写した写真が宝物になりました。


         2009を楽しませてくれた花たち5 14枚
     
     2005年10月16日 湯川~三斗小屋宿~大峠越え~野際~観音沼
     
     三斗小屋宿跡で出会った白髪のお爺さんの顔が今でもしっかり脳裏に甦って来ます
     山登りに慣れていない自分でも、大峠に立てた時の思いは言葉に出来ませんでした。
     ガスが出て見通しは良くなかったけれど、万感の想いで涙が出たのは自然がくれた力・・・??
     足取り軽く野際に下りたとき、朽ちた藁葺き屋根の土間から
     夕餉の支度の煙が立ちのぼっていた思い出は今でも忘れられません。
     感動満載の大峠越えでした。


        2009を楽しませてくれた花たち4 10枚
     

     
2010.01.04 1月4日
 
      今から114年前の1月4日
      ドボルザークの指揮でプラハ国民劇場の管弦楽団員により
      初めての演奏会が開かれたとのこと
      その後チェコ・フィルハーモニー交響楽団として世界に羽ばたいて行った様子
      ドボルザークは教員でもあり、チェコスロバキアの音楽に大きく貢献し
      若くして天に召された音楽家
      交響曲第8番の第3楽章は、きっとどこかで必ず耳にしている曲だと思います

 
     255
     新年あけましておめでとうございます
     12時の除夜の鐘とともにお参りに行ってきました
     雪が舞い降りて・・・・・・ウーーッ寒でした。
     新しい一年がみーんなにとって良い年でありますように!!
     
     新しい家族(はなちゃん)を交えて我が家もスタートしました。

  1001
     
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。